トラベルプランナー 島田貫司 プロフィール/Kanji SHIMADA Profile


■トラベルプランナー:島田貫司 プロフィール/Kanji SHIMADA Profile
 1939年生まれ。 明治学院大学卒業、米国留学後、日米キリスト教協議会、米国海軍横須賀
基地奉仕センター勤務後、富士海外旅行(株)入社。

 定年退職後、旅作りプランナーとして、ロータリークラブ、赤十字キリスト教巡礼、赤十字創始者
アンリーデュナン、看護改革者のフローレンスナイチンゲール、日本近代化功労者、J.C.ヘボン
ゆかりの地、海外友好親善旅行、船旅、等々。
 
 これまでの永年の経験をもとに多くの分野の旅行企画、添乗も行う。

・明治学院大学東湘南支部長
・鎌倉エフエム放送(株)番組審議会委員
・愛恵福祉財団評議員
・鎌倉市坂ノ下在住。
島田貫司:旅行業務取扱管理者47-Ⅰ-495
(画)漫画家・二階堂正宏

★ロータリークラブ来賓卓話

■しもだて紫水ロータリークラブ会報■
2005年4月26日 第811号 
・来賓卓話 島田貫司氏「日本人初のRI会長東ヶ崎潔翁について」
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2.来賓卓話 「日本人初のRI会長東ヶ崎潔翁について」
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 東ヶ崎潔は、明治28年(1895)9月24日、サンフランシスコにて、貿易に従事する
かたわら生涯を自費伝道に捧げた父、東ヶ崎菊松の9人兄弟の長男として生まれた。
父母がキリスト者として明治初期の日本人渡米移住民の苦難を献身的に助けた姿は、
本人並びに兄弟姉妹のそれぞれの生き方に強い影響を与えた。
 米国で大学教育を終え、日本キリスト教界の草分け的存在の金森通倫牧師の長女
と結婚し2男1女に恵まれ、1933年に住居を日本に移し今日に至っている。
 職歴は、1946年以降、現在のジャパンタイムズの社長、会長、相談役。1964年
より富士海外旅行⑭の社長、会長を経て現在の⑭ジャパンアメニティトラベルの
相談役を務めた。
 幼少時の父母の影響もあり、社会活動並びに社会奉仕に強い関心を持ち、戦後の
ロータリークラブの復興、国際社会への復帰に努力。ロータリー歴は、1949年に会
長、57年にガバナー、63年にRI理事を務め、1968年には日本人として初めての国際
ロータリーの会長を務めた。58代目であった。時のスローガンは「Participation
参加せよ」であった。ロータリーに限らずいろいろな会に進んで参加する事に大切
さを訴えた。
 彼の英語はネイティブなもので、良く通じた事がRI会長となった最大の理由であ
った。モットーはシンプルであって欲しいという事で、服装や食事など全てのもの
がシンプルだった。
 他にも国際キリスト教大学の設立に尽力。1950年に初代理事長として同大学の土
台作りに努力し、本人は生涯の仕事として光栄に思っていた。
 更に、日米協会、清里のキープ財団、日本聖書協会、日米会話学院、YMCA、
その他の団体に奉仕した。
 一生を通じて弱者を励まし、若人に手を差し伸べる事を続けた。平成4年(1992)
2月6日午後9時2分聖路加病院において天に召された。96才。

★写真:島田貫司氏
卓話をしていただいた島田貫司さん
⇒しもだて紫水ロータリークラブHPより
一部抜粋掲載